ライセンス更新のシミュレーションをするたびに、同じ未来が見える。来年も再来年も、この金額を払い続ける。値上げが来るたびに交渉して、少し削って、また来年。この繰り返しに意味はない。だからやめることにした。

EAとして10年以上社内ITにいると、SaaSベンダーロックインとの戦い方はだいたい身につく。マルチベンダーで交渉カードを持つ、使っていないライセンスを削る、データ移行できる状態にしておく。どれも正しい。ただ断言する。それは「うまく負ける」技術だ。

根本的な問いは別のところにある。そのSaaS、そもそも必要か。EA(エンタープライズアーキテクチャ)の立場から、この問題の構造と4つの現実解を整理する。なお、最後の一手が本丸だ。

なぜSaaSを買い続けることをやめるべきか――ベンダーロックインの構造

一番の問題は、SaaSライセンスコストの値上げに対して「ノーと言えない」構造が生まれることだ。交渉の余地がゼロとは言わないが、実態としては値上げを受け入れるしかない場面が多い。代替手段がなければ、どれだけ高くなっても払い続けるしかない。

加えて、機能アップデートによって業務プロセスが変わるリスクも抱える。SaaSベンダーがUIや機能を変えれば、こちらの業務フローも追随しなければならない。自分たちでコントロールできない変化に、常に対応し続けるコストが発生する。

見過ごせないのが、使われていないライセンスへの出費だ。SaaSライセンスの相当割合が実際には使われていないという傾向は、ProductivやZyloをはじめ複数の調査で一致して確認されている【1】【2】。ライセンスコストの値上げに怒る前に、自社の未使用ライセンスを把握することが先決だ。

SaaSにはもちろんメリットがある。運用やセキュリティの担保、共通マスターデータの提供。この点は素直に認めていい。ただ、これらのメリットのために払い続けるコストが適正かどうかは、改めて問い直す価値がある。

SaaSベンダーロックインへの4つの現実解

現実解①:SaaSライセンス最適化——まず「使っていないものを削る」

意外と見落とされがちだが、ベンダーロックイン対策の最初の一手はSaaSライセンス最適化だ。使われていないアカウントを削減し、契約ライセンス数を実態に合わせて絞り込む。これだけで交渉の前提が変わる。

「全員分のライセンスを持っていないと業務が止まるかもしれない」という恐怖感から、余分に買い続けている現場は多い。ただ、実際に使っているユーザー数を可視化すれば、そのバッファがいかに過剰かがわかる。まず棚卸しをする。それがベンダーとの価格交渉の第一歩だ。

現実解②:マルチベンダー戦略——SaaSライセンス交渉の主導権を取り戻す

同じ用途で複数のベンダー選択肢を維持しておく。クラウドであればAWS・Azure・Google Cloudを候補として持ち続ける。コストが高騰したとき、「別のベンダーに移ります」と言える状態が交渉力の源泉になる。

これはヤマダ電機で家電を買うときと同じ発想だ。複数の店舗の価格を調べてから交渉に臨む。「こっちの方が安い」という材料があってはじめて交渉が成立する。SaaSのライセンス交渉も本質的には同じだ。

ただし注意点がある。マルチベンダー戦略は管理コストとのトレードオフだ。移れる選択肢を持つことに投資する価値があるのは、同一SaaSへの依存度が高く、かつ代替サービスが明確に存在する領域に限る。闇雲にベンダーを増やしても管理コストが膨らむだけだ。

現実解③:データポータビリティ——SaaS乗り換えコストを下げる設計を契約前から

データポータビリティ、つまり「データをいつでも持ち出せる状態にしておくこと」を意識している企業は実態としてかなり少ない。2025年の崖対応でSaaS導入を推進してきた多くの企業は、入れることがゴールになっていたため、出る方法を誰も設計しなかった。

GartnerやMcKinseyの調査では、データ移行プロジェクトの大半が期日超過や予算超過に終わるという傾向が一致して示されている【3】。後からSaaS乗り換えを試みることがいかに困難かを、これらの数字は証明している。

対策はシンプルだ。契約前に「どのフォーマットでデータを出せるか」「APIでのデータ取得は可能か」「契約終了時のデータ移行サポートはあるか」の3点をSaaS選定基準に組み込む。それだけで将来の身動きやすさが大きく変わる。

現実解④(本命):脱SaaSをAI前提で設計せよ——2026年が勝負の年だ

SaaSライセンス最適化もマルチベンダー戦略もデータポータビリティも重要だ。ただ、それらはベンダーロックインと「うまく付き合う」ための手段にすぎない。本質的な問いはもう一段深いところにある。そのSaaS、そもそも必要か。

2025年の崖に向けて、多くの企業がレガシーシステムをSaaSに置き換えてきた。Fit to Standardを旗印に、グローバル標準のSaaSに業務を合わせ、個別最適の塊だったシステムをなくしていく。その取り組みが完了しつつある今が、次の問いを立てるタイミングだ。そのSaaSを使い続けることが、本当に最善なのか。

「また内製化に戻るのか。過去に失敗しただろう」という声は必ず出る。ただその反論は、2025年以前の話をしている。当時の失敗は、標準化されていない複雑な業務要件をそのままシステムに積み上げたことが原因だ。業務がFit to Standardでシンプルになった後のスクラッチ開発は、前提がまったく違う。

AIコーディングツールの進化により、数ヶ月の開発で数年分のSaaSライセンスコストと逆転できる。特にServiceNowのようなデータベースとワークフローが中心のシステムは、AIで作り替えることが相当容易にできる。AIで作ったシステムはAIエージェントとの接続も設計しやすく、次のAI活用への橋渡しにもなる。

ベンダーロックインと戦い続けるより、ロックインされない構造を設計した方が早い。2026年はその設計を始める年だ。

SaaSを買い続けるのをやめる。それがEAの答えだ。

SaaSを入れることがゴールだった時代は終わった。今問われているのは、SaaSとどう付き合い、どこから出て、どこを内製化するかを設計できるかどうかだ。

ライセンス更新のたびに「また値上げか」と消耗するより、そのSaaSが本当に必要かどうかを問い直す。その問いを立て続けられるEAだけが、ベンダーロックインを根本から解決できる。EAとして現場から断言する。

あなたの現場では、SaaSベンダーロックインに対してどんな一手を打っていますか?

参考文献

  1. Productiv (2025). “SaaS Management Report 2025.” Productiv Inc.
    https://productiv.com/resources/saas-management-report/
  2. Zylo (2026). “SaaS Management Index.” Zylo Inc.
    https://zylo.com/saas-management-index/
  3. Gartner / McKinsey. データ移行プロジェクトの失敗率・予算超過に関するデータ。各社公式レポートを参照(Gartner: www.gartner.com、McKinsey: www.mckinsey.com/capabilities/mckinsey-digital/our-insights)。

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筆者:EAの中の人|事業会社の社内IT部門にてエンタープライズアーキテクトとしてEA推進・ITガバナンス・データ活用・AI活用に携わって10年以上。
本記事の内容は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。