AIに代替されるSaaSとされないSaaS――EA歴10年が現場から言い切る
10年以上EAをやってきた立場から言い切る。生成AIの台頭で「SaaSはオワコン」という声が現場でも出始めたが、SaaSは全部は死なない。でも、選別は始まっている。
プラットフォーム性を持つSaaSと内部統制を担うSaaSは残る。それ以外の「便利ツール系SaaS」は、じわじわAI(人工知能)に侵食される。EA(エンタープライズアーキテクチャ)の視点から、その境界線を整理する。
「SaaS死亡説」はどこから来たのか
社内でAI活用の設計を議論していたとき、こんな言葉が飛び出した。
「ぶっちゃけ、SaaSって死ぬんじゃないですか?」
AIがワークフローを自動化し、フロントのアプリ機能を代替し、文章理解や業務プロセスの整理まで対応できるなら、わざわざSaaSを契約する必要はなくなるのでは——そういう議論だ。
気持ちはわかる。生成AIは「平均値を高く出してくれる」道具として、フロント業務やデータ連携、コーディング支援といった領域では確かに強い。これまでSaaSが担っていた機能の一部をAIが肩代わりできる場面は、実際に増えている。
ただ、「一部を代替できる」と「全部を置き換えられる」は全く別の話だ。

AIに代替されないSaaSの条件
EAの立場で見たとき、生き残るSaaSには明確な共通点がある。「プラットフォームになっている」か「人間の判断・承認プロセスと内部統制を内包している」か、この2つだ。

MicrosoftはIDとデータの出入口を握っている
Microsoft、特にActive Directoryは、従業員のIDとアクセス権を一元管理する基盤だ。誰が何にアクセスできるか、データがどこに流れるか——この「インとアウトを抑える仕組み」はAIには代替できない。Active Directoryを中心とした認証・認可の基盤は、企業ITの根幹であり、ここが揺らぐとセキュリティガバナンス全体が崩れる。
さらにCopilotによって、Microsoft 365のデータ資産を活用しながらAIをつなぎに行くという構造が成立している。つまりMicrosoftは「AIを乗せるプラットフォーム」として進化している。AIとの対立ではなく、AIを取り込む側に回っているのだ。
EAとして「入れるしかない」と判断できるSaaSの典型例がこれだ。

SAPは内部統制と監査証跡を担っている
SAPが強いのは、お金周りの管理と内部統制の仕組みだ。経営層や株主から「この数字の根拠を説明せよ」と言われたとき、AIが「うまくやってくれたから」では絶対に通らない。承認フローが誰によっていつ実行されたか、監査証跡として残っているかどうか——ここはシステムとして担保されていなければならない領域だ。
「AIが複雑な承認プロセスを代替できるか」という問いに対して、現時点での答えはNOだ。内部統制が絡む複雑なフローはまだAIに任せられる段階にない。監査証跡の担保という観点でも、SAPの役割はむしろ重要性が増している。
ただし、SAPの中でもロジ系・販売管理系など、お金や内部統制と直接結びつかない領域はAIに置き換わる可能性は十分ある。SAPだから全部安泰、ではない。

AIに代替されるSaaSの見分け方
では、AIに代替されやすいSaaSとはどんなものか。判断軸はシンプルだ。
- プラットフォーム性がない:他システムの基盤になっておらず、単体で完結している
- 内部統制・監査証跡と無関係:承認フローや監査対応が求められない業務を担っている
- フロント業務・ワークフロー・文書管理が主機能:AIが最も得意とする領域と重なっている
営業支援ツール、社内問い合わせ対応、文書作成支援、簡易ワークフロー——こういったSaaSはAI代替の議論が現実になりつつある。

EAとして「SaaS導入の判断軸」が変わった
ここが今回一番伝えたいことだ。
以前のSaaS導入の流れはこうだった。
「SaaSを入れる → SaaSに合わせて業務を設計する(フィット・トゥ・スタンダード)」
これが今、変わりつつある。
「業務プロセスを設計する → AIで代替できるか検証する → それでも必要ならSaaSを入れる」
順序が逆転したのだ。SaaSありきで業務を合わせるのではなく、まず業務とAI活用の可能性を整理した上で、SaaSの必要性を検証する。ライセンスコスト、運用・メンテナンスの負荷、AIで代替した場合との比較——これをきちんと費用対効果で判断してから導入する。これがEA的な視点だと自分は思っている。

現場の正直な話:まだレガシーと戦っている最中
ただし、正直に言う。
多くの現場では、すでに契約済みのSaaSが山積みになっている。レガシーシステムもまだ動いている。その状態で「AIで代替できるか?」を議論する余裕は、まだない。
今自分たちがやっていることは、まずレガシーを潰すツールとしてSaaSを活用することだ。その上で業務プロセスを整理し、AI活用できる領域はどこかを検証する——という順序で進めている。「AIファースト」は理想だが、現場では「レガシー潰しファースト」が現実だ。

EAとしてSaaS活用の順序はこう整理している。
- レガシーシステムを潰すツールとしてSaaSを使う
- 業務プロセスを整理する
- AIで代替できる領域を特定する
- それでも必要なSaaSだけを残す・新規導入する

SaaSの選別時代が来た
SaaSは死なない。でも、プラットフォーム性も内部統制の担保もない「便利ツール系SaaS」は、じわじわAIに侵食される。
EAとして今やるべきことは、自社のSaaSポートフォリオを棚卸しして、次の問いで仕分けることだ。
- これはプラットフォームか?
- これは人間の判断・承認や内部統制・監査証跡を担っているか?
この2問にどちらもNOなら、AI代替の検討を始めるべきだ。SaaSを入れるかどうかの判断軸が変わった今、その議論をまだ始めていないなら、今すぐ始めてほしい。
あなたの現場では、SaaSの見直し議論はもう始まっていますか?「これはAIで代替できそうだ」と感じたSaaSはありますか?ぜひコメントで聞かせてください。

筆者:EAの中の人|事業会社の社内IT部門にてエンタープライズアーキテクトとしてEA推進・ITガバナンス・データ活用・AI活用に携わって10年以上。
本記事の内容は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。
