EAのネクストキャリアは出向か――大手企業同士の人材交流スキームという新しい選択肢
20社を訪問して、ひとつの問いが生まれました。同じ課題を抱えながらバラバラに戦っている社内IT担当者たちに、EA人材が組織を越えて動く仕組みを持ち込むべきではないか。現場を歩いて生まれた妄想ですが、データと社会の動きを重ねると、根拠のある仮説として提言できると思い始めています。
社内IT同士の会話はスムーズなのに、なぜコンサルは壁になるのか
20社を訪問して毎回感じたのは、社内IT同士の会話の「スムーズさ」です。お互いの悩みをそのまま話せる。「うちもそれ困ってます」で話が進む。システム台帳が整備されていない、グローバル展開で矛盾が露わになった、EA推進が中間管理職に阻まれる。どれも「うちだけじゃなかったんだ」という反応が返ってきます。
ところが、そこからコンサルティングの提案につなげようとした途端、空気が変わります。「やるべきだとは思っている。でもお金を払ってやるのか」という壁です。
これは日本企業特有のコンサルへの抵抗感だけではありません。EA推進は、そもそもプロジェクト型の発注になじみにくい構造的な理由があります。

EAはプロジェクト型では完結しない―費用対効果で説明できない構造的な問題
社内ITはコスト部門と言われます。ただその中でEAは、最も戦略的な仕事です。業務体系を整理してシステムと紐づけ、全体の方針を作っていく。戦略的であるがゆえに、費用対効果として説明するのがとにかく難しい。
半年かけて業務体系を整理し、システムとの対応関係を可視化した。担当者としては大きな前進です。でも経営層への報告では「で、何が変わったんですか?」と一言で終わる。「もともとあったものを体系的に整理しました」では、発注する側の心は動きません。
さらに本質的な問題があります。EAは運用ごと設計していくものです。最初から完璧な運用設計などできるわけがない。現場に入り込みながら、改善を繰り返しながら、少しずつ形にしていくものです。どこかのタイミングで発注が止まれば、推進も止まる。プロジェクト型の構造的な限界がここにあります。
プロジェクト型では組織の内側に入り込み続けることができない。だとすれば、外から提案するのではなく、その組織の中に入り込んでやるほうが自然ではないか。そう考えたとき、浮かんだのが「出向」というスキームです。

なぜ採用・育成・コンサルでは難しいのか
「人材が足りないなら採用すればいい」「育成すればいい」「コンサルに頼めばいい」という反論はわかります。ただ、現実はそう簡単ではありません。
IPA(情報処理推進機構)が2024年に実施・公表した「DX動向2024調査」によると、DX人材の量が「大幅に不足している」と回答した事業会社の割合は、2021年度実績の30.6%から2023年度実績では62.1%へと急増しています[1]。しかもIT企業よりも事業会社のほうが人材不足は深刻だと同調査は指摘しています[1]。
中でも最も不足感が高い人材類型として筆頭に挙げられているのが「ビジネスアーキテクト」です[1]。経済産業省・IPAの定義によれば、ビジネスアーキテクトとは「DXの目的設定から導入・効果検証までを、関係者をコーディネートしながら一気通貫して推進する人材」です[2]。IPAの調査は「こうした役割を担う一人称な人材を確保することは容易でない」と明記しています[1]。
採用については、ビジネスアーキテクト・EA人材は事業会社側の育成が追いついておらず、私の現場感覚では採用市場での流通量も限られています。育成は中長期的には有効ですが、私の経験ではEAの定着には3〜5年単位の時間軸が必要であり、すでにEA推進のフェーズに入っている企業には即効性がありません。外部コンサルは前述の通り、日本企業には「お金を払ってやるのか」という壁があり、そもそもプロジェクト型では運用フェーズに継続して関与できません。
出向という形であれば、会社対会社のスキームとして長期継続が保証されます。受け入れ側は「この人がいなくなったら終わり」ではなく、組織として継続的にサポートを受けられる。機密情報の管理枠組みも会社間契約として整備しやすい。個人で動くフリーランスや転職者にはこの枠組みが作りにくい。「会社として送り込まれた人材」として入ることで、組織への信頼と受け入れのされ方が根本的に変わります。
送り出す側の企業にとっても、EA人材が他社で実践経験を積み、知見を持ち帰ることで組織力が上がります。一時的に人材が抜けるリスクより、得るものの方が大きいと私は考えています。

大手企業間の人材交流スキームが今成立しやすい理由
EAという思想自体が、大企業・グループ企業の複雑性から生まれるものです。グループ会社を多数持つ企業が、どうやって全体最適に持っていくかという問いがEAの出発点です。中小企業では少人数で全体を把握できるため、そもそもEAの必要性が薄い。つまりEAという課題を共有できる相手は、構造的に大手企業に限られます。
さらに現実的な話をすれば、出向スキームは経営層同士の関係性があって初めて動きます。社長同士が仲がいい、役員レベルで信頼関係がある。私の現場感覚では、そういう土台は大手企業同士の方が業界横断の交流機会が多い分、形成されやすいと感じています。
「経営層同士の関係性が前提なら実現できる企業が限られる」という反論はもっともです。ただ、この仕組みが今まさに成立しやすくなっている社会的な背景があります。

経済産業省は「出向起業」支援の補助金制度を整備し、令和6年度一次公募では21社の出向起業スタートアップへの支援を決定しました[3]。東京都は2023年度から在籍出向による企業間人材交流を公的に支援しています[4]。民間でも、企業間レンタル移籍プラットフォームを提供する株式会社ローンディールは2025年3月時点で大企業100社・延べ1,000名以上の越境実績を積み上げています(他の越境プログラムを含む同社自社開示値)[5]。
マクロでも労働移動は拡大しています。2024年の転職者数は331万人と3年連続増加し[6]、政府は2023年に「三位一体の労働市場改革の指針」を閣議決定し、成長分野への労働移動の円滑化を政策の柱に据えました[7]。副業を容認する企業の割合も、パーソル総合研究所の2025年調査では64%と過去最高を更新しています[8]。「人材が組織を越えて動く」という発想が制度としても文化としても定着しつつある今、EA人材の出向スキームという話が現実味を帯びてきます。

では、どんな企業が受け入れ側に向いているか。「EAが必要だとはわかっている、でも推進する人材と推進力が足りない」という段階の企業です。このフェーズ感は、CIOや情報システム部門長との対話で比較的見えやすい。そもそもEAが必要かどうかを議論している段階であれば、まずはプロジェクト型で課題整理から始めるほうが合っています。

出向EA人材がAs-Is理解から始めるべき理由
スキームが成立したとして、出向EA人材は現場で何をすべきか。
To-Beを描くのは最後です。最初にTo-Beを描こうとすると、絵に描いた餅になります。まずAs-Isの徹底的な理解から始める。現状を正確に把握し、可視化する。そこに何ヶ月かかっても惜しくない。As-Isが見えて初めて、現実に根ざしたTo-Beが描けます。その後に計画を作り、段階的に一歩ずつ動いていく。この順番を間違えると、どれだけ優秀なEA人材でも空回りします。
組織への入り方も重要です。技術や知識を前面に出すのではなく、まず現場の人たちがどんな問題を抱えているかを聞くことから始める。その問題のうち着手できるものから、現場と一緒に少しずつ片づけていく。信頼が積み重なって初めて「EA推進をお願いしたい」という流れが生まれます。

EA人材のキャリアパスを社内で閉じさせるな
EA担当者の多くは、社内に理解者が少ない中で孤独に戦っています。その孤独を、出向という形で組織を越えて動くことで変えられるかもしれません。孤独に戦っていた自分が、同じ志を持つ仲間と並走できるようになる。組織の内側に入り込んでいるからこそ、時間をかけて信頼を積み上げることができる。これがプロジェクト型や外部コンサルとの根本的な違いです。
出向でEA推進が軌道に乗ったとき、EA人材本人に何が残るか。「社内ITのプロ」という肩書きが「組織を越えて動けるEAのプロ」へと変わっていきます。複数社の現場を知り、自分のスキルが他の業界・他の組織でも通用するという確信が生まれる。それが「EAのネクストキャリア」の正体です。転職や独立とは異なり、所属組織のバックアップがある。それが出向という安全な挑戦の本質だと私は考えています。
ビジネスアーキテクトが最も不足している人材類型であることはデータが示しています
。その不足を「採用」だけで補おうとするのは限界があります。人材が組織を越えて動く仕組みこそが、日本全体の課題を解決する一手になる―それが私の独断と偏見です。

まず一歩動いてみる―EA担当者のネクストキャリアはつながりから始まる
EAという領域は、どの大手企業も同じような課題を抱えています。だからこそ、自社で取り組んできた経験は他社でも活きる。あなたのEAの経験は、あなたの会社だけに閉じておくには惜しすぎます。私の経験では、同じ課題を抱えた組織であれば、他社でも間違いなく通用します。
まず動くとしたら、他社のEA担当者とつながることから始めてみてください。The Open Groupのコミュニティや社内IT系の勉強会でもいい。横のつながりができれば、自然と「うちでもやってみたい」という話が生まれます。出向という大きなスキームも、一人の担当者同士のつながりから始まります。
あなたの現場はどうですか?EA担当者として「出向してみたい」と思ったことはありますか?ぜひコメントで聞かせてください。

筆者:EAの中の人|事業会社の社内IT部門にてエンタープライズアーキテクトとしてEA推進・ITガバナンス・データ活用・AI活用に携わって10年以上。
本記事の内容は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。
参考文献
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2024 ― 深刻化するDXを推進する人材不足と課題」(2024年6月公表)
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/discussion-paper/dx-talent-shortage.html - 経済産業省・IPA「デジタルスキル標準 ver.1.2」(2024年7月)
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/skill_standard/20240708-p-1.pdf - 経済産業省「出向起業の促進」(令和6年度一次公募採択結果、2024年7月30日)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/shukkokigyo/shukkoukigyou.html - 東京都産業労働局「大企業と連携した中小企業・スタートアップの成長促進に向けた人材交流支援事業」(2024年5月)
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2024/05/14/08.html - 株式会社ローンディール「レンタル移籍プラットフォーム実績」(2025年3月、他の越境プログラムを含む同社自社開示値)
https://loandeal.jp/ - 総務省統計局「労働力調査(詳細集計)2024年平均結果」(2025年2月14日公表)
https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/youyaku.pdf - 内閣官房 新しい資本主義実現会議「三位一体の労働市場改革の指針」(2023年5月16日閣議決定)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/roudousijou.pdf - パーソル総合研究所「第四回 副業の実態・意識に関する定量調査」(2025年10月公表、民間調査)※本記事は2025年10月以降の公開を想定して引用
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/sidejob4/
