EAから見たIT予算の現実―企業視点で予算と向き合うIT部門の覚悟
IT予算をどう抑えるか。この問いに「ただ削ればいい」と答えるIT部門は、経営層から信頼されない。EA(エンタープライズアーキテクチャ)の視点でIT全体を俯瞰してきた立場から言うと、IT部門が企業視点を持てるかどうかが、本当の勝負どころだと思っています。
IT投資はコストではなく価値で語れ
経営層にとって、IT投資は基本的に「コスト」です。情報セキュリティ対応も「仕方なく払うコスト」として処理される。これが現実です。
だからこそ、IT部門が「IT予算を削減しました」と報告しても、経営層の反応は薄い。当たり前のことをやっただけ、という受け取り方をされる。

IT予算管理で成果を出すには、コスト削減の数字だけでなく多角的なKPIでIT投資対効果を示すことが必要です。
- 売上への貢献:このシステムがあることで何億円の機会損失を防いだか
- セキュリティ対応:インシデントを未然に防いだことで回避できたコストはいくらか
- 業務効率化:何人日の工数削減につながったか
正直に言うと、ITのROIを数値化するのは簡単ではありません。特にIT部門が売上貢献を定量化するのは実務的にかなり難しい。ただ、だからこそ「まだ答えがない」では終われない。どう示すかをIT部門全体で考え続けることが、経営層との信頼関係を作る第一歩だと思っています。

IT予算管理の基本は投資区分の3分類
では実際にIT予算をどう管理するか。私が実践してきた中で有効だったのが、投資対象を3つに分類する考え方です。
① グローバル標準・基幹系:投資を継続する
SAPのようなグローバル標準システムは、導入フェーズで予算が膨らむのは避けられない。ここはきちんと投資する領域です。
② レガシー・終息予定システム:削減・廃止に向かう
使い続けているが将来的に終息させるシステムには、新規投資を認めない。ここに予算を流し込まないことが鉄則です。
③ 老朽化システム:都度比較検討する
一律に削減するのではなく、継続・更改・廃止を毎回比較検討して判断する。
「どの区分に入るか」の判断が現場では必ずもめます。判断基準として有効なのは、利用部門数・業務依存度・将来の標準システムとの重複度といった軸です。この基準を事前に合意しておくことが、区分判断を属人化させないポイントになります。
また、この投資区分は年次で見直すことが前提です。グローバル標準の導入が遅延した場合など、終息予定だったシステムを延命せざるを得ない状況が生まれることがある。そのときに重要なのが変更管理プロセスです。「なぜ延命するのか」「延命のコストはいくらか」「延命の基準を説明できるか」。この3点を問い、答えられる状態で変更する。区分を動的に変えること自体は問題ではありません。説明できない変更が問題なのです。
業務側からは「そのシステムがなくなると業務が変わる」という抵抗が必ず出てくる。ここはチェンジマネジメントの問題であり、トップダウンの意思決定と現場のマインドセット変革を組み合わせるしかありません。

システム廃止にもコストがかかる―止める判断を軽く見るな
投資区分で「削減・廃止」と判断したシステムでも、止めれば必ずネガティブな反応が出ます。業務への支障・現場の混乱・移行コスト。これらもコストとして試算した上で削減効果と比較検討する必要があります。
「削減しやすいから削減する」という発想は危険です。本当に必要なシステムであれば、継続するという判断も当然あり得る。廃止の効果だけでなく廃止のコストまで見積もって初めて、企業としてプラスかマイナスかの判断ができます。投資区分の判断と変更管理プロセスは、このコスト試算とセットで運用することが前提です。

IT投資委員会の設計が予算ガバナンスの要
投資区分・変更管理・廃止コストの試算。これらをきちんと機能させるには、承認プロセスの設計が不可欠です。各現場からのIT投資要求をきちんと吸い上げ、やる・やらないの判断を本部長クラスが担う体制が必要です。
具体的には、IT投資委員会のような場を設計し、領域ごとに判断責任者を明確にする。「この領域の予算判断は誰々さん」と役割を固定しておくことで、場当たり的な調整を減らせる。承認フローをワークフロー化し、予算責任者をそこに紐づける。
導入フェーズと重なると機能しにくい点は正直に認めます。ただ削減フェーズでは確実に効く。投資要求に対して「なぜ今必要か」「企業全体でどう位置づけるか」を問える場があるかどうかで、予算の積み上がり方が変わります。IT投資委員会の設計と運用を継続的に改善していくことが重要です。

個別最適に走るのは悪意ではなくプレッシャーの結果
仕組みをいくら整えても、動かすのは人間です。予算削減の局面で「自分の担当領域の予算を他部門に押しつける」という動きをする人が出てくることがある。企業全体で見ればコストは何も減っていないのに、自分のところだけ数字をきれいにして「削減達成」とする。
これを責めるのは簡単ですが、本質的には違う。個別最適に走るのは悪意ではなく、IT予算削減プレッシャーに負けた結果です。追い込まれた人間は、企業視点より自己防衛を優先する。それは人間として自然な反応でもある。
企業視点で動ける人に共通しているのは「余裕がある人」ということ。スキル的にも、体力的にも、追い込まれていない人間は個別最適に逃げない。ではその余裕をどう生み出すか。外部経験者の採用や事業部門とのローテーションで、意図的に視野を広げた人材を組織に入れていくことが一つの突破口になります。
その余裕の源泉の一つは、企業が稼いでいるかどうかです。ただしそれは必要条件であって十分条件ではありません。稼いでいる企業でも、IT部門への配分が少なければ余裕は生まれない。だからこそIT部門自身が価値を示してIT予算を勝ち取る姿勢がセットで必要です。海外と比べて日本のIT部門の発言力が弱い構造は、ここに起因していると思っています。
あなたの現場では、IT予算を「企業視点」で語れていますか?個別最適に走らざるを得ない構造になっていませんか?ぜひ現場の声を聞かせてください。


筆者:EAの中の人|事業会社の社内IT部門にてエンタープライズアーキテクトとしてEA推進・ITガバナンス・データ活用・AI活用に携わって10年以上。
本記事の内容は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。
