SaaS導入でコストは下がるのか?——現場のEAが本音で答える
SaaSを入れればコストが下がる。そう信じて導入を進めた結果、「あれ、思ったより下がらない」と首をかしげた経験はないでしょうか。結論から言います。SaaSを導入してもコストは簡単には下がりません。 ただし、それは失敗ではない。コスト構造が変わることに本質的な意味があるのです。
SaaS導入後のコストは「下がる」のではなく「変わる」
SaaS導入前後でコストの中身を比べると、こうなります。
- 導入前:オンプレミスのサーバー設備費・保守費・社内SE人件費
- 導入後:ライセンス料・サブスクリプション費用
資本的支出(CapEx)から運用費(OpEx)への転換です。設備費は落ちる。しかしその分、ライセンス料が上がる。トータルで見れば、導入直後はコストが一時的に上がることすらあります。
長期的には徐々に下がっていく傾向はありますが、劇的な削減を期待するのは現実的ではありません。「大体同じくらい、少し下がる」が正直なところです。

SaaSのライセンス料は上がり続ける前提で計画せよ
日本企業がSaaS導入を検討する際に軽視されがちなのが、為替リスクとベンダーロックインです。
海外SaaSのライセンス料はドル建てが多い。円安局面では、何もしていないのにコストが跳ね上がります。インフレの影響も加わり、ライセンス料は年率5%程度の値上がりを前提に計画を立てておくのが現実的です。正確な数字は誰にも読めませんが、「何もしなければ上がり続ける」という前提でシナリオを持っておくべきです。
さらに一度SaaSに業務を乗せてしまうと、「高くなったから別のベンダーに変える」がそう簡単にはできません。これがベンダーロックインの怖さです。
「SaaSだからコストをコントロールしやすい」という前提は脆い。この認識を経営層と共有しておくことが、EA(エンタープライズアーキテクチャ)担当者の重要な役割の一つです。

人件費削減効果は中期計画の単位で見る
SaaS導入でよく期待されるのが人件費削減です。しかし現場の実態はこうです。
システムが減っても、人はすぐに減らない。
レガシーシステムを廃止すれば、設備費・保守費は落ちます。しかし、そこに関わっていた人員がすぐに削減されるわけではありません。企業全体の人件費は、システム費が落ちた後から時間差で、じわじわと下がっていく構造です。
このタイムラグは想像以上に長い。中期計画の単位、つまり3年後・5年後という節目を見据えて初めて、人件費削減の効果が数字として見えてきます。「来期にはコストが下がる」という期待値設定は、ほぼ確実に外れます。

現場で有効なのはシミュレーションの提示です。「いつのタイミングでどのシステムが廃止され、その結果として人件費がどう推移するか」を数字で示す。ただし精緻さを追いすぎるのは禁物です。中期計画のタイムラインに沿って、ざっくりとした推移感をつかんでもらうことの方が、精密試算よりよほど価値があります。

社内IT部門の人員シフト、その現実
SaaS導入を機に「社内IT部門の人材をビジネス部門へシフトする」という動きは、多くの企業で進んでいます。方向性としては間違っていないと思います。
ただ、一点だけ言わせてください。社内IT部門には、ビジネス部門のプレッシャーに疲弊して異動してきた人材が一定数います。数字で成果を問われにくいIT部門は、ある意味「休憩の場」として機能してきた側面があります。
そういった組織実態を無視して「全員ビジネス部門へ」と号令をかけると現場は混乱します。人員シフトを設計する際には、組織の実態と人材の特性を見た上でバランスを取ることが重要です。ヘッドカウント削減の設計なくしてSaaSのコスト削減効果は出ない、というのが現場の本音です。

SaaS導入の本当の価値はコスト削減ではない
ここが最も伝えたいことです。
SaaS導入の本質的な価値は、複数のシステムがシンプル化されることにあります。
バラバラに存在していた複数システム間のデータ連携・業務ワークフローの調整・二重入力といった煩雑な作業が、1つのシステムに統合されることでなくなります。その結果として、
- データのリアルタイム活用が可能になる
- 業務フローがシンプルになる
- ITコスト以外のオペレーションコストが下がる
ITコストという単一の指標だけで見れば、SaaSの効果は地味です。しかし業務全体・データ活用・組織生産性という広い視点で見たとき、SaaS導入の意義ははっきりと浮かび上がります。

「コストが下がるか」という問いに対する私の答えはこうです。
コストは下がるというより、構造が変わる。そして本当の価値はその先にある。

あなたの現場では、SaaS導入後のコスト効果をどのように経営層に説明していますか?「思ったより下がらなかった」「こんな効果が出た」など、ぜひコメントで聞かせてください。
筆者:EAの中の人|事業会社の社内IT部門にてエンタープライズアーキテクトとしてEA推進・ITガバナンス・データ活用・AI活用に携わって10年以上。
本記事の内容は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。
