EA(エンタープライズアーキテクチャ)の現場にいれば、TOGAFという名前は日常的に出てくる。しかしそれを作り上げた人物の生い立ちや思想を、きちんと理解している人はどれだけいるだろうか。今回、The Open Group日本代表・藤枝純教氏の30周年記念パーティーに参加する機会を得た。正直に言う。TOGAFへの見方が根底から変わった。この体験は記録として残しておかなければならないと思った。

藤枝純教とはどんな人物か――お寺生まれのエンタープライズアーキテクト

藤枝純教氏(Junkyo “Jack” Fujieda)は1937年1月11日、福井県の真宗出雲路派・八王子山了慶寺に次男として生まれた。お寺の生まれ、という事実をパーティーで初めて知った。なるほど、と思った。

1961年、当寺を離れ日本IBMに入社。SE・Architectとして活躍し、1984年からはCSKで業務統括情報処理研究所の所長等を歴任。そして1996年、59歳でグローバル情報社会研究所(ReGIS Inc.)を設立する。59歳での起業。私にはとてもできる気がしない。それだけの覚悟と確信があったということだ。

1998年にはThe Open Group日本代表・会長に就任。TOGAF・ArchiMate・IT4ITの全認定資格を保有し、それら日本語訳版の監修を長年にわたって手がけてきた。2023年にはThe Open Group Fellowに就任している。

戦争体験とIBM入社――情報の非対称性との闘い

藤枝氏の生い立ちで特に印象に残ったのが、戦争体験だ。幼い頃、父が戦争に行き帰らなかった。しかも情報がない。父がどうなったのか、戦争がどうなったのか、何もわからない。情報はアメリカに、海外にある――そのことを知り、IBMへの入社を志したという。

情報の非対称性が人の人生を左右する。だからこそ、情報をオープンにすること・標準化することに人生を賭けた。TOGAFがなぜ「オープンな標準」として設計されているのか、その根っこがここにある。

そしてお寺という環境で育った藤枝氏には、家族から受け継いだ2つの言葉がある。これがパーティー配布資料に掲載されており、藤枝氏自身が語っていた。

母・藤枝英子氏から叱られたときに受けた言葉:

「人が生きていく価値は、次の社会に生まれてくる人のために何を残すかで決まる」

兄・藤枝宏壽氏(真宗出雲路派 八王子山了慶寺 第十五代住職・淳学院釈浄厳)からの言葉:

「大いなるものを信じ、我を抑える」

お兄様は2023年9月に逝去されているが、瑞宝中綬章を受章し、福井医科大学名誉教授も務めた方だ。お寺という環境で言葉を磨き、道徳を体に染み込ませてきた家族のもとで育った人物が、TOGAFという標準を作った。それを知ったとき、このフレームワークへの見方が変わった。

59歳での起業――ReGIS設立の背景

1996年に藤枝氏がReGIS Inc.を設立した背景には、時代の大きな流れがあった。

1995年、EU委員長のJacques Santer氏がGlobal Information Infrastructure(グローバル情報インフラ)構想を提唱。同年、国連事務総長のBoutros Boutros-Ghali氏がJunior Summitを開催し、世界の子どもたちに情報共有の場を開いた。「社会の問題を解決するために情報をオープンにする」という世界的な潮流の中で、藤枝氏は59歳で動いた。

利益のためではない。道徳的に当たり前のことを標準として作ることで、すべての人の役に立てる。そういう精神で立ち上げた組織だと、パーティーで語られていた。TOGAFがなぜ商業製品ではなくオープンな標準なのか、その答えがここにある。

The Open Group 30年の歩み――日本における標準化の軌跡

1998年の日本代表就任から現在まで、藤枝氏とThe Open Groupが積み上げてきた実績は膨大だ(以下、パーティー配布資料より)。

  • 1998年:The Open Group 日本代表・会長就任
  • 2014年:O-DA(Open Data Architecture)発表
  • 2022年:ブロックチェーン間相互運用性発表
  • 2025年:日本のTOGAF認定資格取得者が4,450人に到達
  • 2026年:TOGAF Edition 10 日本語版発行

GISフォーラム東京は1996年の第1回から2026年の第104回まで30年間途切れることなく続いてきた。インターネット普及人口が2006年の11.5億人から2026年の60億人へ拡大する中で、「情報をオープンにする」という志は時代と共鳴し続けてきた。

道徳が経済の根底にある――EAとして刺さった言葉

社内IT部門はコスト削減部門と見られがちだ。私自身、10年以上この現場にいて、その視線を何度も感じてきた。ビジネス貢献よりも費用対効果を問われ、合理性の名のもとに判断を迫られる場面が多い。

そんな自分に、パーティーで藤枝氏が繰り返し語っていた言葉が刺さった。

お金は人の手間賃だ。その根底にあるのは「御恩」と道徳だ。経済活動はその上に乗っているに過ぎない。だからこそ標準を作るときも、「誰のためになるのか」「何が道徳的に正しいのか」を先に問わなければならない。

ほぼ宗教に近い考え方だと正直に思った。しかし同時に、自分がEAとしてやってきたことの根っこにも、同じ問いがあったと気づいた。誰のために何を設計するのか。それを問い続けることがEAの仕事だとすれば、藤枝氏の思想と自分のやっていることは根っこでつながっている。

なお、これはあくまで藤枝氏という人物を通じてTOGAFを見たときの解釈だ。TOGAFというフレームワーク自体の設計思想と、藤枝氏個人の哲学は切り分けて理解する必要がある。ただしその哲学を知った上でTOGAFに向き合うと、このフレームワークの意味が確実に変わって見える。

次世代への継承――88歳が問い続けること

パーティーで藤枝氏が語っていたもう一つのテーマが、次世代への継承だ。

この考え方・この枠組みを受け継いでくれる世代が必要だ。自分が作ってきたものが、自分の後も続いていくのか。そこへの切実な思いが伝わってきた。88歳を迎える今もなお、その問いを持ち続けている人物が目の前にいた。

参加者の一人として、それを他人事とは思えなかった。藤枝氏の思いを伝えていくこと。標準を道徳の上に置くという考え方を次の世代に渡していくこと。それがここにいた人間の宿命だろうと、パーティーを終えて感じた。

まとめ:TOGAFは標準ではなく、思想の結晶だ

今回のパーティーで学んだことをひとことで言えば、TOGAFは技術標準ではなく思想の結晶だということだ。

お寺で育ち、戦争で情報の非対称性を体感し、母から「次の社会に何を残すか」を問われ、兄から「大いなるものを信じ、我を抑える」と教わった人物が、59歳で立ち上げた組織が作り上げたフレームワーク。それがTOGAFだ。

道徳的に当たり前のことを標準として作り、すべての人の役に立てる。その精神を知った上でTOGAFに向き合うと、このフレームワークの意味が変わって見える。

あなたの現場では、使っているフレームワークの「なぜ」を知った上で向き合えていますか?


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筆者:EAの中の人|事業会社の社内IT部門にてエンタープライズアーキテクトとしてEA推進・ITガバナンス・データ活用・AI活用に携わって10年以上。
本記事の内容は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。